【トレーナー】

理学療法士(physio therapist)・シュロスセラピスト(脊柱側弯症の運動療法士)・フォームソティックスメディカル取り扱い認定者・FitArc認定ランニングアセスメントスペシャリスト

理学療法士・フィジカルトレーナー・コンディショニングトレーナー

【パーソナルトレーニング&コンディショニングへの想い】

☆一人一人のステージに合わせた対応を心がけております☆

同じトレーニングでも、あなたの今の状態(心・身体・思考・置かれている環境)によってやり方が変わってきます。

「どうにか現状を変えたい!」「もう少しで良いから楽になりたい!」「こんなところでは終われない!」ともがいている方がいるのでは無いでしょうか?私はそのような方を全力で応援します!是非、自分の心と身体に寄り添って成長へと向かいましょう。


【経歴】

☆小学生時代  サッカー少年

☆中学生時代  陸上少年

☆高校時代   バレーボール青年

☆専門学校時代 ダンス部青年

☆20代前半   病院勤務理学療法士

        ストリートダンス青年

☆20代後半   クリニック勤務理学療法士

        お父さん

☆30代前半   クリニック勤務理学療法士

        腰痛持ちのお父さん

☆30代後半   クリニック勤務理学療法士

        腰痛から復活したお父さん

        パーソナルトレーナー

 

☆変わりまくった人生☆

 

【小学生時代】サッカー 

 

小学4年生位の時、Jリーグが開幕。

私はサッカーが大好きだったので「プロになるぞ!」と思って、毎日毎日友達とサッカー三昧。鹿島アントラーズのユニフォームを着てプレーしている自分の姿を鮮明にイメージしていた。

 

しかし、そんな思いを全く無視した「お前は個人競技をしなさい。」と言う父の一言で、私の夢はあっけなく終わり。理由は「チームだと一人が強くても勝てない」から。いやいや一見ごもっともな意見だが、そもそもサッカー以外で勝っても私は嬉しくもなんともない・・・泣いて頼んだがその思いは届かなかった。

 

【中学生時代】陸上  

 

とにかく走った。

結果が出なければとにかく叱られた。

周りからは「速くていいね。」「才能があっていいね。」と言ってもらえたが、全く嬉しく無かった。「才能じゃない、努力しているんだ。」と涙が出たこともある。自分がやりたくない事に対する努力は「苦痛」でしかない。だって結果を出さなければ「生きていけない」と思っていたから、やるしかなかった。生きる為の手段としてのスポーツ・・・スポーツの結果で報酬が得られる・・・当時私はプロアスリートだったのかもしれない(笑)。

 

中学卒業時にはスポーツ推薦の話も来たが「スポーツで食べられるわけないだろ。高校に入ったら勉強をすればいい。教師になれ。」と一蹴。どうやらスポーツにおける「父の目標」は達成出来たらしい(笑)「もう走らなくてよい。」という安堵感と共に、「今まで何の為に頑張ったんだろう。」という燃え尽きた感覚があった。生きる為の手段が勉強に変わった事に、当時の私はついていけなかった。

 

【高校生時代】陸上・バレーボール

 

地元の進学校に入学し「サッカーやろ~♪」とサッカー部の部室に行こうとしたら、「よく来たな♪」と陸上部の先輩に歓迎され、陸上部の部室へ。私は断れない人間になっていた(笑)

 

しかし、走ることは苦痛でしかなく、タイムも伸びるはずもなく、高校駅伝出場後3年生引退と共に私も引退。さすがにもうサッカーは出来ない(今思えば全然出来るが・・・)と思い込みフラフラしている所に、「お前何やってるんだ!背高いからバレー部入れ!」とバレー部の顧問に誘われバレーボールを始める。素人バレー部だったが、なんだか楽しかった。みんな素人だから変な気負いが無かったからかもしれない。

 

一方、勉強はと言えば「教師になれ。」と決められていたので全く身が入らず、志望校も決まらず、でもテストだけは何とかこなして窮地に追い込まれた2年生の冬、そこで事件は起きた。「実家が燃えている。」と言う知らせを受けたのだ。

全く意味が分からなかったが、家に帰ってみると見事なまでに何も無かった。もともとボロ家だったので、本当に柱しか残っていなかった。親に内緒で押し入れに隠していた○○本とエアーマックス(ナイキ)が、ちょっと面影を残して無残に転がっていた(いやそこは跡形もなくお願いしたかった)。

 

【不幸中の幸い】 

 

ここから私の人生は急激に変わった。

地域の集会所に泊まらせてもらい、友達の家に泊まらせてもらい、祖父母の家に泊まらせてもらい、結局は母と二人で住むことになった。「不幸中の幸い」とはこのことで、常に父を恐れて生きてきた人生が一変した。また支えてくれた友達や周りの人達のお陰で、私の常識が良い意味でどんどん破壊されていった。

 

友達は皆大学に進学したが、その時点ではまだ大学に魅力を感じられず理学療法士養成校(専門学校)に入学。お世話になった人達に直接自分の手で恩返しがしたい・・・と思って入学したのだが、就職と同時に地元を飛び出し横浜の病院へ入職。決め手は、就職活動の時に見た横浜駅で踊るストリートダンサー達が衝撃的だったから・・・。「なんて自由なんだ!!」と思った。「ずるい、ずるいぞ、この自由な人達!!」と思った。

 

横浜に来て15年以上が経ち、色々あったけど人生の学びはまだ続いている。

 理学療法士(病院でのリハビリ)の仕事をすることで、私が今までスポーツを経験して疑問(自分の間違え&大人の間違え)に思っていたこともどんどん解決されていった。

 

ただ病院で働くデメリットは「保険の範囲内での対応」しか出来ないと言うこと。それを解決するためにパーソナルトレーニング活動を始めました。

 

 

長文をお読み頂きありがとうございます。私のストーリーをここまで読んで頂いたあなたには、何か心当たりがあるはずです。そろそろ自分を認めてあげましょう。時にはゆるく、時にはスピードを上げて、全力で伴走させて頂きます。一般人万歳!!

 

お気付きの点があればお気軽にご相談ください。

 

p.s.

今思えば私の父も、時代と環境に作られた人だったのかなと思えるようになりましたとさ。


【得意分野】

☆美容☆

姿勢改善・骨盤矯正・猫背改善・ダイエット・O脚・X脚・くびれ・小顔・ヒップアップ・偏平足・外反母趾・脊柱側弯

☆スポーツ☆

バランス感覚・走力・ジャンプ力・コーディネーション能力・動きの連動性・判断能力・リズム感・疲労回復・アスレチックリハビリ・投球障害

☆リハビリテーション☆

足部・膝・股関節・立ち上がり・歩行・介助方法